酒肴の時間

全国で出会った、酒が恋しくなる肴たち
(関東編)…東京はあとでね。

マッキー牧元(タベアルキスト)

2022.3.4

前回の北海道・東北編では、私を酒の沼にはめた素晴らしき北の肴たちの話を書いた。おかげさまで反響大きく、「読後、速攻飲んだくれました」。「読んでいるだけで酔いました」。「一緒に読んだ息子が、早く大人になりたいと申しておりました」。「一読させていただき、禁酒を断念いたしました」などと、沢山の感想、叱咤、激励をいただいた。というのは勝手な私の妄想だが、東北で終えてしまった自戒より解き放つために、南下して関東編といきたい。

茨城名物アンコウにはじまり……

茨城県勝田の「割烹 花みやこ」では、アンコウの刺身を食べた。肝の刺身も食べた。船上で神経〆されたという14キロのアンコウは、“溌剌”という、この魚に似つかわしくない言葉を放つ。溌剌とした勢いが、舌を流れ、エキスがみずみずしく舌に広がって、ほのかに甘い。たまらず冷酒を煽る。

「割烹 花みやこ」のアンコウの刺身。

さらに肝は、ああ、肝の刺身は、僕らの知っているあん肝ではない。蒸したあん肝のいやらしさが微塵もなく、澄んだ命の味がする。清らかさの中から微かに肝の色気がにじみ出る。これに常温の酒で合わせると、香りがぐんと膨らみ、色気に艶が出た。

さらに圧巻が炙りだった。グリッと凛々しい肉に歯が入ると、ゆるゆる甘みが流れ出る。これは大至急燗酒だあと、そのたくましき肉と燗酒を口の中で出会わせたのである。

「割烹 花みやこ」のアンコウの炙り。

群馬県館林では「恵三寿司」で楽しんだ。なにより酢飯がいい。酢が効いていて、それが魚を生かす。握りもいい。扇の地紙型にふんわりと握られている。カスゴ、づけ、小肌、スミイカ、毛蟹、ウニ、車海老、鉄火といただいたが、づけと小肌、車海老が良かった。

「恵三寿司」のづけと小肌。

マグロの鉄分と濃いつけ地が出会った旨味を燗酒で受け止める。喉がキュッと鳴るような小肌と酢飯の酸っぱい出会いを、燗酒で流し込む。人肌の車海老から流れる穏やかな甘みを、酒の甘みと合わせる(トップの写真)。ああたまりません。

千葉では、シンプル極まりない「ネギ炒め」に打ちのめされた。五香「13湯麺」というラーメン屋である。噛めば、シャキシャキシャキ。ネギが叫び、エキスが弾け飛ぶ。
シャキシャキニュルリ、ネギの甘いオネバが手を伸ばす。
シャキシャキとろん。ネギのとろんと油のとろんが一つになって、舌にしなだれる。
シャキシャキごくん。ちらりと入れたラーメンダレが、酒を呼ぶ。

五香「13湯麺」のネギ炒め。

ネギはただのネギではない。近所のタケイファームで朝獲ったネギを、昼に出しているのである。ネギの概念が変わるほど、みずみずしく、歯切れ良く、白いオネバが甘い。甘さが上品で、なにか育ちの良さがうかがえる。上の緑の部分も硬くなく、噛めばスパッと千切れるのである。

命溢れるネギを、ご主人がサッと炒めて、タレをちょいかけし、皿に盛る。それだけである。しかもご主人秘蔵の日本酒まで出してくれる。おネバの甘みと日本酒が、これまた合うんだな。

「ネギ炒め」200円。今まで何万軒も店に行ったが、こんな料理には初めて出会った。ネギだけの料理。それはネギだけで勝負できるネギがあるからこそ、出せる料理なのである。

愛すべき変態の酒肴と小田原のお母さんの味

埼玉の浦和「くら川」では、愛すべき変態が作る酒肴に打ちのめされた。イワシ梅煮である。だが、ただの梅煮ではない。神亀の生酒98BYと梅干で醤油も塩も使わず炊いてから冷やし、皿に盛ってから舞美人をすこしかける。口にすれば、イワシから野暮ったさが一切抜けて、梅と酒とイワシが情を交わす。その綺麗な味に惚れた。

「くら川」のイワシ梅煮。

「酒を間違えると、まずくなっちゃうんです」と、ご主人が言う。何回も試行錯誤を繰り返した後の、澄んだ味わいなのだろう。

そのほか富士酢10年と野菜出汁に浸けた炒り豆、鮎を鮎自身の脂で炒めて、バターとアニスを少し入れたリエット。平成15年の睡龍で漬けこんだ蟹、塩麹と山椒オイル、スダチで風味づけた、鰻の刺し身。食感の爽快は山芋の細切りで出し、香りにキュウリ酢をかけた「うざく」。どうです。もう酒が止まらなくなるじゃありませんか。こういう変態は大好きである。

神奈川県小田原からは「杵吉」という酒亭を紹介したい。現在は、2代目となる70数歳のお母さんが、1人で切り盛りしている。

「杵吉」のお母さん。

メニューはない。
「いらっしゃいませ。きょうはどうなさいますか」。
大衆居酒屋のカウンターに、お母さんの綺麗な言葉遣いが響く。
「地アジのいいのが入っていますよ。あとはカツオ。キンメもあるので煮付けにしましょうか。海老フライにアジフライもできます。それから、おからとキンピラです」
「全部ください」。微塵の迷いもなく、そう返事をした。

アジは、上品なキレのいい脂を舌の上で溶かし、カツオは、もっちりとしたなめらかな身で誘惑する。こりゃ酒が進んで困る。店内に、ほの甘い香りが漂い始めた。お母さんがおからを作っている。ああ。ああ。おからもキンピラも、ナスの揚げ浸しやアジフライ、キンメの煮付けも、たちうおの素揚げ酢醤油かけも、これ以上いってはいけないという味付けで、ぴたりと決まっている。どの皿も、しみじみとした滋味に富んでいて、心を丸くする。

「杵吉」のキンメの煮付け。

「おいしいなあ」と、何度も囁きながら、盃を口に運んだ。
「あとスミヤキが入っています。1日塩していますから、今がちょうどいい頃合いね」。
スミヤキとはこちらの呼び名で、正式名はクロシビカマスという。だがまったくカマスとは、縁もゆかりもない。昼間は深海にいて、夜になると浅い場所に浮き上がって獲物をとらえて食べる。どう猛な肉食魚である。体が黒いのでスミヤキと呼ぶのだろうか。日焼けしたサワラといった風で、見た目には、どうにも美味しそうには思えない。

「杵吉」のスミヤキ。

筒切りを焼いてもらった。中央に箸を入れ、観音開きにして、太い骨を取ってからたべる。ああ皮の下がうまい。コラーゲンがたっぷりで、脂に少し下品な香りがある。肥満気味の、下町育ちのタチウオといった風でもある。そのしぶとい味が、酒を恋しくさせる。

「おいしい」と、顔をほころばすと、「もっとおいしいのは本スミヤキといってね。さらにでかい仲間がいるの。長さが一メートルくらいあって、一匹1万円近くするけど、あれば必ず買っちゃう。でも今は幻の魚になっちゃった」と、遠くを見る。

すべての味に彼女の人生が染みていた。惣菜にも、キリッとした品格があって、かつ誠実な穏やかさがある。だからこそ酒が欲しくなり、飲めば、酒の味と香りが膨らむのである。人生と人情が酒をうまくさせている。酒亭はこうでなくてはいけない。

p.s.
栃木がないって?
そうまだ栃木では美味しいものをいただいてないのです。
どなたか酒が進むいい店があれば教えてください。

マッキー牧元(牧元裕之)

1955年東京出身。立教大学卒。(株)味の手帖 取締役編集顧問。タベアルキスト。食ジャーナリスト。年間外食数600食。日本全国・世界中を日々飲み食べ歩き、雑誌、Web、ラジオ、テレビなどでリポートする。著書に『出世酒場 ビジネスの極意は酒場で盗め』(集英社)、共著に『東京最高のレストラン』(ぴあ)など多数。
https://mackeymakimoto.jp

今宵は、このお酒で。

  • 「とんぼ」マークは故郷への想い
    黒とんぼ 生もと 純米酒

    泉橋酒蔵の創業は、江戸時代の安政4年(1857年)。県内有数の穀倉地帯である神奈川県の海老名耕地(えびなごうち)に蔵を構えた。タワーマンションと大規模商業施設が隣接する海老名駅から車で10分もかからない場所で、現当主の橋場友一社長が次々と買い足した自社の田んぼに囲まれている。橋場社長の代から「酒造りは米作りから」の信念を持ち、本格的に酒米栽培を始めたためだ。シンボルマークのとんぼは、田を飛び交う赤とんぼから。米作りにおける無農薬・減農薬栽培の約束だそうだ。酒造りに使う原料米は田んぼごとに管理し、適切な精米を見極めるという徹底ぶりだ。

    酒蔵からは、地元住民に厚く信仰されてきた大山をはじめとする丹沢の山々が見渡せ、周囲にはミネラル豊富な地下水が流れている。日本では珍しく硬度の高いこの伏流水が、料理を引き立てる爽やかで旨味のあるお酒のもとになっている。

    泉橋酒蔵で人気の「黒とんぼ」シリーズは、「自社栽培の酒米」、「伝統的な生もと造り」、そして「2年間以上の熟成」による純米酒。地元で育つ山田錦を用いる「黒とんぼ 生もと 純米酒」はその中心的存在だ。重厚な、または、熟成系の料理に合わせるお酒をコンセプトに、辛旨口で存在感のある味わいに仕上がっている。

    お問合せ

    泉橋酒造HPhttps://izumibashi.comTEL046-231-1338

文・平出淑恵(酒サムライコーディネーター)
http://coopsachi.jp/

撮影・マッキー牧元

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