茶懐石の八寸をご家庭で 酒肴の時間

茶懐石の八寸をご家庭で

入江亮子(日本料理家)

2021.11.28

八寸を一言でいえば「酒の肴」でありますが、その実態たるや、いささか薄ぼんやりとしているのでは? そこで日本料理における八寸のあれこれをお伝えしつつ、家のみのお酒のおともに生かしてほしいと思います。

懐石の八寸、会席の八寸

八寸とは、もともとは茶の湯で出される食事「懐石」の終盤に亭主と客が盃の献酬(*1)をするときの肴で、海のものと山のもの2種を、ちょうど八寸(約24cm)の木地の四方盆に載せて出すことから、その寸法がそのまま料理名となったのです。

茶の湯の懐石の八寸
茶の湯の懐石の八寸。旬のものを使いながら、徹底的にそぎ落とした美がある。

原則、盆はしっかりと湿らし、海のものを左手前、山のものを右奥に盛り付けて、青竹の中節箸を、これも濡らした後、露を切って斜めに渡し、出します(裏千家の場合)。海のものといっても、海藻のことではなく、魚や肉といった動物性のもの(生臭もの)ということです。一方の山のものは、野菜や海苔など、動物性でない食材のことです。

また、どちらかが丸ければどちらかを四角や長めに、色味も同系色にならぬようにするのが暗黙のルールです。汁だれするものもいけませんし、なにより旬を2種だけで表現できなくてはいけません。この肴は小吸い物椀の蓋に置くことから、サイズもせいぜい1寸程度を心がけることです。

さて、茶の湯の懐石の八寸と会席の八寸では違いがあります。そんなところが薄ぼんやりとさせてしまう原因なのでは? とも思います。

「日本料理
「日本料理 よし邑」の会席の八寸。華やかな盛り付けに季節を感じる(写真提供:日本料理 よし邑)。

献立をご紹介しますと、茶の湯のほうでは、
飯・汁・向付→(汁替え、飯器)→煮物椀→焼き物→小吸い物→八寸→湯桶・漬物
という一汁三菜が原則ですが(*2)、会席のほうは料金などにより多少の品数の変化はあるにしても、
先付・八寸→椀物→刺身(向付)→焼き物→炊き物→止め肴(酢の物や和え物)→食事(飯・汁・漬物)
となり、八寸は先付と一緒か椀物あとの最初のほうに出てくる場合が多いのです。しかも色とりどりで季節をぎゅっと凝縮し、味もしっかり目でいかにも飲んでくださいと言わんばかりの料理です。

懐石は茶を飲むための料理であり、会席は酒を楽しむための料理であるので、「肴」を出すタイミングが変わるわけですね。とはいうものの、そもそも懐石も会席と言っていたのですが、そのへんは話が長くなるので、またいつか…。

ご家庭で八寸風に出してみるのはいかが?

八寸のノウハウは家飲みでも生かせます。例えば盛り付け。食材の形状や色味を変えるだけでぐっとお店っぽくなりますよ。海のものと山のものをうまく組み合わせるというのも使えますね。

また、ご近所のスーパーから少し遠征して、デパ地下やアンテナショップで、地方の珍しいアテを探してみましょう。世の中には知らない食品があるものだと行く度に発見があるはずです。もちろん一緒にその地方の地酒もゲットしてくださいね。

先付・八寸
チーズや練り物、漬物なども銘々に盛って先付・八寸として出しても。

ちなみに木地八寸、茶事では使い捨てが原則ですが、どなたもそんなことはしていなくて、実際は何十年も使っています。意外とお安くて三千円程度で購入できるので、それに海のもの、山のものを数種、会席のように盛り込むのも素敵かと。茶の湯のほうでは、いろいろな目に見えたり見えなかったりの「掟」がありますが、おうちではどうぞ自由に! そして、茶の湯のほうでも、もっと今の生活に即したものを出すべきなのではと思ったりもいたします。

しびれる我が国独特の珍味、気が付けば絶滅危惧肴に?

さて、アンテナショップに行くと、いろいろな発見があるとお話ししましたが、平成の初めくらいまではあった食材がどんどんと消えていっております。

例えば松露(しょうろ)。茸の一種で、かつては八寸の山のものとして淡い八方地で炊いたものがよく出てまいりましたが、最近はとんと見かけません。

幻の茸と言われる松露
幻の茸と言われる松露(写真提供:林 勝)。

そして私の大好物の「松浦漬」。これも絶滅危惧食品と言っていいのではないでしょうか。鯨のかぶら骨(軟骨)を吟醸粕に漬けたものですが、酒粕を使っているのですから、お酒に合わないわけがありません。これを考案した人は天才ですね。八寸に盛り込みたい場合は、皆敷の上に盛り付けてください。クラッカーなどに載せてもいいかと。

松浦漬
明治時代に佐賀・唐津で生まれた松浦漬。「松浦漬本舗」

ほかにも、くちこ(なまこの卵巣)を三味線のバチのような形状にして干した「ばちこ」も炙って食べると最高で、からすみなどとともに八寸によく出てきますが、なかなか一般には出回っていませんよね。

ばちこ
「ばちこ」。作るのに大変手間暇がかかり、この1枚に数十匹のなまこが必要とあれば高価なのもうなずける(写真提供:yamaguchiきらら特産品)。
濃厚な海のうまみはお酒との相性抜群。

いつまで食べられるかわかりませんが、なんとか私の目の黒いうちは、愛すべき珍味たちを守っていきたいと思います。

*1 献酬をしない流派もある
*2 提供の順番も流派により変わる

入江亮子(いりえ りょうこ)

懐石料理「温石会」主宰。四季をいかした懐石料理・江戸料理・郷土料理・精進料理・節句料理を教えるほか、茶懐石の出張、地域の特産品開発、メニュー開発などを行っている。日本酒利き酒師・日本酒学講師・酒匠として、日本酒と料理のマリアージュも数多く提案。カルチャースクールなどでの日本酒講座も多数。著書『八寸・強肴に困らない本』(世界文化社)は、2019年グルマン世界料理本大賞MATCHING FOOD&DRINK部門でグランプリ受賞。日本食文化会議理事、SSI(日本酒サービス研究会・酒匠研究会連合会)理事。
https://onjakukai.com

今宵は、
このお酒で。

櫻正宗
  • 日本酒の主産地・灘の本流、櫻正宗
    櫻正宗 焼稀 生一本

    日本酒の主産地は、酒類業界で灘(なだ)、伏見と言われる兵庫、京都。この両県で全国の日本酒の約45%を生産している。灘は、兵庫県神戸市東部から西宮市今津に至る大阪湾に面した沿岸地帯をさし、酒造が産業として大きく発展した江戸時代に、江戸の人たちに喜ばれた「くだり酒」を船で供給していた地域だ。 「灘の本流」と言われる東灘区の櫻正宗は、享保2年(1717年)に創業。当主は代々「山邑太左衛門」を引き継ぎ、当代は11代目。全国にある「正宗」の元祖、宮水発見、協会一号酵母輩出、高精白仕込み開発と日本の酒造業界に輝かしい業績を残し、日本酒の教科書には必ず登場する蔵だ。あの超難関校、灘高等学校を他の2社と創設するなど人材育成にも貢献。8代目当主の別邸としてフランク・ロイド・ライトが設計した旧山邑家住宅も有名である。

    長い歴史が語るのは輝やかしいことだけではない。阪神大震災の際には、地域で一番美しいと言われた内蔵が倒壊し、早朝に蔵を見回っていた杜氏が蔵と運命を共にした。倒壊を免れた内蔵の門は現在、記念館「櫻宴」の入り口となってその歴史を伝えている。東北の震災の際には、被害を受けた蔵に酒造りの道具を提供。その時の山邑社長の言葉は「蔵は酒造りを続けていく事が何より大切、それができなくならないように」というものだった。

    「焼稀(やきまれ) 生一本」は、最高級酒造好適米である兵庫県産・山田錦を全量使用した、生一本(自社の蔵、単一醸造場で醸造した純米酒)。山田錦のやさしい味わいと、後味のすっきりしたお酒で、料理に寄り添う。江戸期、櫻正宗の上等酒「こもかむり」には「稀」の焼印が押され、そこから愛飲家は櫻正宗の高級品を「焼稀」と呼ぶようになったそうだ。まさに櫻正宗の定番酒だ。

    *記念館「櫻宴」にはダイニングやショップもあり、蔵の歴史を見て、味わうことができる。

    お問合せ

    櫻政宗HPhttps://www.sakuramasamune.co.jpTEL078-411-2101

文・平出淑恵(酒サムライコーディネーター)
http://coopsachi.jp/

撮影・板野賢治

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