世界中が愛する貝、帆立 酒肴の時間

世界中が愛する貝、帆立

日本食文化会議・魚部(佐藤容紹、うすいはなこ、小川貢一)

2021.12.17

今回の魚部のテーマは、加藤水産の「帆立貝柱」。これをどのように酒の肴にこしらえていくか……。

淡白にみえて、味わい深いもの

話はそれるが、帆立は我が国の水産輸出物のナンバーワンである。数多い輸出品目の中でも16%を超えるスターである。意外、という気もするが、安定した養殖環境、質の高さを考えると、帆立が穫れる国でも、日本の帆立を欲しがる気持ちはよくわかる。なぜ世界でも帆立人気が高いのか? それは、帆立は和洋中のどんな料理にも合う万能貝だからだ。

なぜなんにでも合うのか……。帆立にはグルタミン酸、コハク酸、イノシン酸、グリシンが豊富に含まれ、さまざまなうま味の成分が各国どの料理のベースにもなるうま味と結びつけてくれる。特有の甘味はグリコーゲンによるものである。また肉厚な貝柱は独特なテクスチャーを持ち、火を通すことで劇的な変化を遂げる。淡白にみえて、味わい深いもの。これが帆立である。

冷凍の海産加工品を解凍するときは、注意が必要だ。水の多くでるものは、袋の中で解凍しないこと!!! 必ずバットやお皿にペーパータオルを敷いて解凍してほしい。これだけでさらにおいしい帆立になることまちがいなし。

帆立の貝柱
帆立の貝柱は、真ん中にある閉貝筋。

帆立の名前の由来をご存知だろうか。江戸時代中期に編纂された『和漢三才図会』(1716年)には、「口を開きて一の殻は舟のごとく、一の殻は帆のごとくにし、風にのって走る。故に帆立蛤と名づく」という記載がある。一方の殻を舟にし、もう一方を帆のように立てて走ると、当時の百科事典に書かれている。実際にはこのようなことはなく、水を激しく吹き出し、その反作用で動いている。当時の人には、帆をたてて進む帆船のように見えたのかもしれない。

この帆立の貝柱を閉殻筋といい、帆立のだいたい真ん中に位置する。貝は早ければ2年、市場に出回る大きい物で3年ものが多い。帆立貝の殻には2本、3本と年をおうごとに線が一本ふえていく。貝柱も帆立の成長によってどんどんと大きくなっていく。

ホタテ貝
左上から時計まわりに貝柱、ヒモ、貝柱の一部、中腸腺

帆立の人気のひとつに、可食部が多いところもあるように思う。食べられないところはほとんどなく、閉殻筋である貝柱、外套膜と呼ばれるヒモの部分、写真ではまだ確認できないが卵巣、精巣部分は全て食べられる(卵巣、精巣は1〜2月くらいにかけて大きくなり、3月以降の産卵に供える)。接続部についている濃いグレーの部分は中腸腺といい、これは胃と肝臓の役割をしている。

日本酒に合わせる帆立の食べ方

貝柱の刺身を作る時には、繊維に沿ってどう切るか、が大切だ。我々魚部としては、繊維に沿って切る縦切りがおすすめ。横切りにする場合は、しっかりと味をふくませたいものに向いているが、よく噛み締めて、酒と合わせる場合には、帆立の味わいが先に消えてしまう。切り方によって味わいが変わるのが刺身の醍醐味でもある。味付けは醤油より、塩との方が日本酒には合うように思う。もし醤油で食べたい場合は柑橘を一搾り。吟醸系の酒の相性がよくなる。

貝柱の繊維
貝柱の繊維を縦に切ったもの(左)と横に切ったもの(右)。

絶対はずさない一品をお伝えしたい。帆立のバター焼きである。フライパンにバターを熱してさっと焼いて醤油をかけるだけでも充分うまいが、ここは少し丁寧に、帆立の表面をしっかりとふき、薄力粉をはたいて、油少々を熱したフライパンで表面を軽く焼き、バターを加えてからませ、さらに醤油をからませる。この要領で焼くとしっかりと最後まで醤油バター味が絡んでくれる。

帆立のバター焼き。
帆立のバター焼き。

そもそも高タンパク低脂質な帆立には油がよくあう。このバター醤油と酒の相性はいうまでもない。なぜなら帆立をはじめ、貝類に含まれるうま味成分のコハク酸は、日本酒にも含まれている。また日本酒の香気成分は、ほとんどの食品がそうであるように脂溶性である。
バター醤油の油分が日本酒と融合して、帆立、醤油のもつうま味をより一層引き出してくれる。

もうひとつ、帆立が残ったらぜひこの一品を。ラップに薄く味噌をぬり、水分をふきとった帆立をおいて、さらに味噌をのせてラップでくるんでおく。味噌をしっかりとふき取り、グリルで焼くだけで、帆立のうま味と味噌のうま味の融合した味わいを作ってくれる。味噌は塩分が強いものより弱いものの方が帆立の香りを損なわない。酒にも米にも合う、困った一品だ。

帆立の味噌漬け焼き
帆立の味噌漬け焼き。

これらの焼き帆立は焼き加減が重要で、決して焦がしすぎず、生すぎず、水分を飛ばすこと。最初は強火で表面を焼き、弱火で火を入れ、余熱で火を通すようにしてみると、帆立の表面、中心、その間と三段階の味わいが楽しる。

これをやったら反則と言われるかもしれないが、味変に七味唐辛子や海苔のせもおすすめである。

焼き帆立
焼き帆立を海苔と共に。七味唐辛子もあう。

日本における帆立の漁獲高は北海道が最も多く、三陸沖などでの養殖も盛んだが、近年他の水産資源同様に、海水温の上昇により、生産が難しい状況である。おいしい帆立がいつか食べられなくなる日がくるかもしれない。そう思うと、帆立の中にあるさまざまなうま味が、少しすっぱさを感じさせてくれるはずだ。

■ホタテの問合せ:北国からの贈り物
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佐藤容紹(さとう ひろつぐ)

地域創成プロデューサー。魚屋店主。長年一次産業に関わる傍ら、古来の日本食文化と伝統にある本質と原理原則を学ぶ機会に恵まれた。水産業・農業・伝統工芸品・キャンプなどさまざまな角度から地域に関わり、経済的、社会的な活性化をさせるための活動を行っている。

うすいはなこ(うすい はなこ)

料理人。日本料理、食文化講師。博物館設計の仕事を経て日本料理店で修業した後、独立。「H-table 料理教室」主宰。季節や行事食、食卓文化を伝えながら、地元江戸料理の研究、地域の特色ある魚食文化を残す活動をしている。著書『干物料理帖』は 2021年グルマン世界料理本大賞でグランプリ受賞。

小川貢一(おがわ こういち)

築地魚河岸三代目、鮮魚販売方法・商品作りアドバイザー。もと仲卸ならではの豊富な知識と、素材を生かしたアイディア満載の料理に定評がある。魚のプロとして、企業や自治体主催の講演、さまざまなメディアに出演。著書に『築地魚河岸三代目 小川貢一の魚河岸クッキング』など多数。

今宵は、このお酒で。

梵・特撰純米大吟醸
  • 氷温熟成の透き通った味を世界へ
    梵・特撰純米大吟醸

    「梵」醸造元の加藤吉平商店11代目当主、加藤団秀(あつひで)社長と知り合ったのは、筆者がアンバサダーを務めるIWC(インターナショナルワインチャンレンジ)のSAKE部門で「梵・吟撰」 が2010年にチャンピオンサケに選ばれたのがきっかけだった。その世界中をかけ回るエネルギッシュな姿勢はまさに創業者のようで、同族経営者が何代も続く保守的な業界の中で異色の存在に思えた。 蔵の歴史は古く、庄屋で約150年間両替商をしていた先祖が万延元年(1860年)に日本酒製造を始めた。昭和天皇の御大典の儀の際に初めて採用されたが、以降、現在でも多くの国内外のコンペティションで「梵」は上位受賞を続け、世界中に多くのファンがいる。 加藤社長が以前、「命を懸けて海外プロモーションを続けています!」と語っていたが、暴動がひどい時期の香港から連絡があった時にはさすがに驚いた。渡航の理由を尋ねると「満席の梵の会があり、多くの人たちが私を待っているので」とのこと。完全無添加の純米酒のみを製造し、米は兵庫県産の特A地区の山田錦と福井県産の五百万石のみを使い、高精白、長期氷温熟成等などこだわりの酒造りを続けている。

    2020年の初めには、国内外の梵のファンを地元に呼び込もうと「梵・町屋ギャラリー」をオープン。約180年前に建てられた町屋を大改修し、地域の文化や産業の発信地として、観光拠点として再生復活させた。

    「梵・特撰純米大吟醸 磨き三割八分」は、梵の定番中の定番の純米大吟醸酒だ。原料米は、38%まで磨き上げた兵庫産山田錦を使用。小仕込みで造った純米大吟醸酒を0度以下で2年以上熟成させた。氷温で長期熟成させた、グレープフルーツのようなすばらしい香りがあり、キレのある極旨の味は冷酒だけではなくぬる燗にしてもそれがより引き立つ。料理は和洋を問わず、食中酒としてはもちろん、お酒単品でも大変美味い実力酒だ。

    お問合せ

    加藤吉平商店HPhttps://www.born.co.jpTEL 0778-51-1507

文・平出淑恵(酒サムライコーディネーター)
http://coopsachi.jp/

撮影・板野賢治

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