酒肴の時間

名声を得たシシャモ

日本食文化会議・魚部(うすいはなこ、小川貢一、佐藤容紹)

2022.1.21

魚好きには、思い入れの深い魚というものがあるように思う。私にとっては、シシャモがそのひとつ。酒の肴の前に、シシャモがシシャモと認識されるまでの変遷をお話したい。

飲み屋から人気が広がると……。

柳葉魚(シシャモ)という言葉は、アイヌ語の柳の葉をしめす「ススハム」からきている。春に川で生まれたシシャモは、幼いうちに大海にでて、産卵のために川へ戻る。現在北海道の9つの川にシシャモが遡上していることが確認され、漁期はたったの1ヶ月ちょっと。日本固有種の貴重な魚なのである。

北海道むかわでは、シシャモのすだれ干しが晩秋の風物詩。

この魚は戦前、市場に来ることのない地方の魚であった。全国的に有名でもなんでもなく、特に珍重もされなかった。戦時中、他の魚が少なくなったなか、北海道の11月の冷たい風が小さなシシャモを自然凍結させ、それが運ばれてくるのでどうにか売れたらしいが、たいした価値はなかった。そもそもその頃は「シシャモ」という名前すら知られてはおらず、「北海わかさぎ」という名前までつけられてしまう。

その後、この魚は丸干しがおいしいぞ、という適正が見つけられ、「北海わかさぎの丸干し」として売られるようになる。

本名さえ変えられた魚が一躍スターになったのは、盛り場の一杯飲み屋から。いわゆる子持ちシシャモがお通しとして大人気となる。オスは一見するとごつごつしていて、痩せているように思える。メスは産卵期になると自らの内臓を小さくして食べものを取らず、おびただしい数の卵を抱卵する。実際は身を食べておいしいのはオスだが、魚卵好き民族の日本人にはこの卵がたまらない食感なのだ。

オス(左側)とメス(右側)。焼く場合、メスはぜひしっぽ側から。

話はそれたが、この名前すらちゃんとつけられていなかった魚は、著名人の褒め言葉や文筆家によって名声を得る。ところが、あまりに有名になったこの魚は、わずか1ヶ月分の漁獲量しかない。現地では干して乾燥させ、保存食としていたものだった。当然、高騰するし、手に入りづらくなる。

あるとき、水産関係者が北欧へ行った際に見つけた、シシャモに似た魚「カペリン」に目をつける。現地では肥料魚として扱われていたもので、食用ではなかった。それを丸干しの技法を使って商品化し、「欧州シシャモ」「沖シシャモ」などと呼び始める。結局「樺太シシャモ」で落ち着いていくのだが、となると、今度はシシャモが「本ものシシャモ」とか、「本シシャモ」と呼ばれることになる。食してみれば、このふたつは全く異なるものであることがわかるし、樺太シシャモは圧倒的にうろこの数が多く、顔立ちもちがう。

焼いてよし、揚げてよし

前置きが長くなったが、そもそも飲み屋が名声のスタートのシシャモ、酒にあわぬはずがない。冷風にあてて表面だけ干されたシシャモは、焼いてよし、揚げてよし、である。

まずは焼いて食べたい。そのときに少々の塩をかけるとよい。サケ目キュウリウオ科のこの魚は、塩分や香ばしさがあるほうが酒を飲みたくなる。オスはどちらから食べてもよいが、メスの場合はしっぽ側からいき、まずは身と皮を食べてからでないと、卵が口に残って味わいづらくなる。

このキュウリウオ科の魚は南蛮漬けもおすすめ。食べるのは作ってから2日目、ヒレの付け根がやわらかくなった頃がよい。南蛮酢は甘すぎず、きりっと酢のたった味わいに。揚げてから漬けてもよいが、焼いてもよい。

シシャモの南蛮漬け

そしてひと手間かけるなら天ぷらを。薄衣でさっと揚げた天ぷらは、シシャモ独特の風味を閉じ込めてくれる。ぜひ塩を少しつけながら食べていただきたい。油は菜種ではなく、太白胡麻油などがよい。風味がよくなり、青臭いような味わいがおいしく感じる。菜種を使うと、この青臭さがたってしまうように思う。

シシャモの天ぷら。

あとは簡単な保存食にもなるコンフィを。シシャモが浸かるくらいの油に、にんにく、鷹の爪を入れて、低温で熱するだけである。油がうまくつないでくれて、酒が進む。オイルシシャモである。

シシャモのコンフィ。

冷凍技術が発達した今日では、1ヶ月しかない漁期を超えてシシャモを食することはできるが、やはりこれは冬の食べ物である。北海道鵡川(むかわ)では、アイヌの神、カムイが飢餓に苦しむ人々を救うため、柳の葉に命を与えて川に流しアイヌ民族を救ったと伝承され、漁の前には豊漁祈願の儀式を行っている。

シシャモに限らず、食べ物は有限で、命をいただいているもの。
小さな命に感謝して、まずは焼きシシャモで乾杯を。

■シシャモの問合せ:北国からの贈り物
050-5533-5678
support@kitaguni.tv
https://kitaguni.tv
 

うすいはなこ(うすい はなこ)

料理人。日本料理、食文化講師。博物館設計の仕事を経て日本料理店で修業した後、独立。「H-table 料理教室」主宰。季節や行事食、食卓文化を伝えながら、地元江戸料理の研究、地域の特色ある魚食文化を残す活動をしている。著書『干物料理帖』は 2021年グルマン世界料理本大賞でグランプリ受賞。

小川貢一(おがわ こういち)

築地魚河岸三代目、鮮魚販売方法・商品作りアドバイザー。もと仲卸ならではの豊富な知識と、素材を生かしたアイディア満載の料理に定評がある。魚のプロとして、企業や自治体主催の講演、さまざまなメディアに出演。著書に『築地魚河岸三代目 小川貢一の魚河岸クッキング』など多数。

佐藤容紹(さとう ひろつぐ)

地域創成プロデューサー。魚屋店主。長年一次産業に関わる傍ら、古来の日本食文化と伝統にある本質と原理原則を学ぶ機会に恵まれた。水産業・農業・伝統工芸品・キャンプなどさまざまな角度から地域に関わり、経済的、社会的な活性化をさせるための活動を行っている。

今宵は、このお酒で。

  • 地元を守る港町の蔵の酒
    陸奥八仙 特別純米

    全国有数の水産都市、青森県八戸市。八戸港のほど近くに蔵を構える「陸奥八仙」醸造元八戸酒造は、創業は安永4年(1775年)。初代は滋賀県の現・高島市の出で、近江商人。代々庄三郎を襲名している。大正時代に連続して建てられた白壁土蔵・煉瓦蔵・木造主屋は、国の登録有形文化財に指定されている。

    現当主は、8代目駒井庄三郎。今や国内はもとより海外でも人気の蔵だ。地域に根差した酒造りを目指し、原料米は全て青森県産米を使用、青森県オリジナル酵母をメインに、仕込み水は八戸・蟹沢地区の名水を使用している。「陸奥八仙 特別純米」はブランド設立時から八戸で長く愛されている1本。味わいのバランスがよく、どんな料理にも合わせやすく親しみやすい定番のお酒だ。

    駒井秀介専務は若手の蔵元の全国組織「日本酒造青年協議会」の副会長として日本酒の国際化にも尽力。弟の駒井伸介常務は若手の杜氏として蔵人らと一丸となり、新たな日本酒造りに日々邁進している。

    地域への熱い気持ちから、蟹沢水源区域の環境保全に協力し、蟹沢の自然の田んぼの再生を目指した「がんじゃ自然酒倶楽部」を主催。5月下旬の田植え、 6月下旬の草取り、9月下旬の収穫祭、 翌年3月上旬のラベル張り&瓶詰体験と、酒米作りから酒造りまで体験し、できたてのオリジナル限定酒を手にできる。2022年度会員募集は4月頃スタート予定だ。

    お問合せ

    八戸酒造HPhttps://mutsu8000.comTEL 0178-33-1171

文・平出淑恵(酒サムライコーディネーター)
http://coopsachi.jp/
撮影・ 板野賢治

https://jfcf.or.jp/?post_type=musubiplus&p=1339&preview=true

撮影・ 板野賢治

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