和牛と日本酒
松浦達也(編集者)
2021.12.10
「肉に日本酒を合わせるのは難しい」。こうした説は、ある面では真実であり、他方では誤解に満ちています。
から揚げに日本酒は合うか?
確かに、肉を素材とした西洋料理のような油っこい味わいと相性のいい日本酒を探せ、というのは結構な難題にも思えます。
これがワインならば「酸」で油っこさを切ることができます。シャンパンのような発泡する炭酸飲料と揚げ物の相性は抜群ですし、近年、食中酒として人気の高いナチュラルワインには、酸の強いものも多く、白赤問わず脂の強いサーロインステーキにも合うはずです。
しかし、コテコテの肉料理の油を切るほど、酸を強く感じる日本酒はそう多くありません。酒と料理の相性には、アルコール度数も関係しています。アルコール度数の高さ⇔つまみのボリューム(と油脂の強さ)は基本的に反比例すると考えてください。
人の体は、塩分を摂取すると水分を求めます。例えば、から揚げのようなボリュームある肉つまみなら、ビールやハイボールのようなアルコール度数が低く、ゴクゴク飲むことができるお酒がおいしく感じられます。油脂感を炭酸で切ることもできます。
生もとのような濃醇な日本酒なら炭酸で割っても味わいしっかり。こってりした肉つまみともよく合いますし、生ハムなどは燗や冷酒との相性もバッチリです。
燗でも冷やでもソーダ割りでも美味しく飲める、日本酒はとても懐が深く、広い酒です。要素を整理すれば、日本酒に合うような肉料理、肉つまみはたくさんあるのです。
日本酒に合う、和牛すき煮風
さて、日本を代表する肉料理と言えば、一にも二にもすき焼きです。すき焼きに燗酒を合わせたりもしますが、本来のすき焼きは全体としては塩分が濃く、量も多い。さらに現代の和牛のすき焼きは脂分もかなり強い。酒のつまみとするには少し工夫が必要です。
今回はすき焼きを日本酒のつまみとなるように調整したいと思います。
・サシの多すぎない肉で脂分をコントロール
・塩分をコントロールした味わい
・割り下のアルコール感を少し残して、日本酒のアルコール感に寄り添わせる
・和牛の赤身とサシの味わいで厚いボディを構築する。
・醤油のコク、みりんの甘味、玉ねぎのグルタミン酸ですっきりしつつもふくよかな味わいを構築する。
それでは「日本酒に合う、和牛すき煮風」の材料と作り方です。適宜解説も入れていきましょう。
<材料>
和牛切り落とし肉 90g
玉ねぎ 45g
<割り下>
醤油 大さじ2
みりん 大さじ3
水 大さじ4
1.玉ねぎは7mm程度の厚さにスライスする。醤油、みりん、水を合わせた割り下と玉ねぎを耐熱容器に入れてふんわりラップをかけ、電子レンジ(500W)で1分30秒加熱する。
※この過程で玉ねぎを加熱しながら、割り下に玉ねぎの旨味を抽出する。最初から鍋で加熱すると割り下が煮詰まってしまい、味が濃くなってしまうので、電子レンジ加熱で塩分濃度をコントロール。加熱を控えめにすることで、玉ねぎのシャクシャク感と日本酒に合うような適度なアルコール感を残す。
2.小鍋に1を入れ、沸騰するかしないかという加減になるよう、弱火にかける。和牛切り落とし肉を一枚ずつ泳がせるように加熱する。かすかに赤身が残る程度で皿に引き上げる。
※和牛香は80℃でもっとも強く香る。肉が硬くならないその温度帯で赤身が残るように加熱して、玉ねぎと肉、割り下との間で旨味を交換する。肉をすべて加熱し終えたら、鍋の割り下は少し冷ましてから、玉ねぎとともにうつわに注ぐ。
すき焼きのおいしさの正体は、日本人なら誰もが郷愁を感じるであろう、複雑な旨味にあります。その旨味の構成要素に和牛を欠かすことはできません。
まっとうに育てられた和牛には力強さがあり、なまめかしくもある。濃厚な赤身の味わいは噛みしめると口の中でグッと膨らみ、さらりとしながらもコク深いサシが舌の上に広がり、その境目からは桃のようとも評される甘い和牛香が立ち上ります。
今回のレシピでは清冽な日本酒にも合うよう、焼き目はつけず、アルコール感を残してあります。選ぶことができるなら、和牛の切り落としも少しサシが控えめなものがいいでしょう。
合わせる日本酒は「菊正宗 上撰 樽酒 ネオカップ」です。たぶん日本食文化会議のメールマガジンでカップ酒を提案される方はあまりいないだろうと、思い切ったセレクトにしてみました(笑)。
しかし、一部コンビニ等でも扱いのあるこのカップ酒を侮ってはなりません。カップを開ければ木樽のいい香りが立ち上ります。生もとの力強くパワフルな味わいは肉や割り下の旨味とがっぷり四つに組み合い、キレの良さで口内に残る獣肉の風味をしっかり切ってくれる。割り下にかすかに残したアルコール感は日本酒との相性をさらに高めます。
と、ここまで書いたところで、このカップ酒なら木樽の清涼感も手伝って普通のすき焼き相手でもまったく引けを取りそうにないことに気づいてしまいました。気をつけて飲まないと、盃がついつい進んでしまい、しっかり酔ってしまいそうです。傍らに和らぎ水もお忘れなく。
松浦達也(まつうら たつや)
調理の仕組みや科学、食文化史などを踏まえ、料理誌・一般誌・新聞・書籍・WEBまで幅広く執筆・編集を手がけ、テレビ等で食トレンドやニュース解説も行う。著書に『家で「肉食」を極める! 肉バカ秘蔵レシピ 大人の肉ドリル』、『新しい卵ドリル』(以上マガジンハウス)、『ハイボールとつまみ』(主婦の友社 ※監修)など。共著に審査員をつとめるレストラン年鑑『東京最高のレストラン』シリーズ(ぴあ)や調理ユニット「給食系男子」名義の『家メシ道場』『家呑み道場』(以上 ディスカヴァー・トゥエンティワン)なども。
今宵は、このお酒で。
伝統の酒を手軽に楽しめるこれからの樽酒
菊正宗 上撰 樽酒 ネオカップ「菊正宗」醸造元の菊正宗酒造株式会社は、万治2年(1659年)に創業。日本酒の約3分の一を生産する兵庫県で、「灘五郷(なだごごう)」と呼ばれる5つの酒どころの一つ、神戸市の御影郷(みかげごう)に所在し、日本酒文化が花開いた江戸時代から続く灘の伝統的な酒造技術である「生もと造り」を継承してきた。
菊正宗が取り組むのが、「伝統と革新による新たな価値創造」だが、この「樽酒」は、まさに「伝統」を体現し、広く飲み継がれるようにした商品だろう。生もと造りで醸した辛口酒を四斗樽(72L樽)に詰め、吉野杉の香りが程よく酒に移る飲み頃に取り出して瓶や紙カップに詰めて出荷する酒だ。この樽酒を継承するために樽作りの工房「菊正宗 樽酒マイスターファクトリー」を運営し、樽造りの文化も守っている。樽酒ネオカップは、飲んだあとのカップ本体は燃えるゴミとして分別できるので、アウトドアでも自宅でも気軽に本格樽酒を楽しめる。
文化事業としては、震災後に建て替えられた「菊正宗 酒造記念館」が、国指定・重要有形民俗文化財「灘の酒造用具」などを展示。酒造りの歴史を今日に伝える資料館として年間10万人以上の来館者に灘の酒造りを紹介している。
お問合せ
菊正宗 お客様相談室HPhttps://www.kikumasamune.co.jpTEL078-854-1043
文・平出淑恵(酒サムライコーディネーター)
http://coopsachi.jp/
撮影・松浦達也