ぎふベジ通信

大根の生存戦略と日本人
〜岐阜の大根を鬼おろしで〜

藤田純子(料理家・管理栄養士)

2022.3.24

「知っている大根料理・大根の使い方を教えてください」と質問されたとしましょう。皆様はいくつ頭に浮かびましたか? たいていの日本人は10個ぐらい軽くあげられるのではないでしょうか。それほど大根は親しみやすい野菜です。生でも、煮ても、焼いても、蒸しても、揚げても美味しい。そんな大根について、栄養成分から魅力を紐解いていきたいと思います。

辛味成分イソチオシアネート

大根の成分は、生の皮付きの場合、水分94.5%、たんぱく質0.4%、脂質0.04%、糖質2.7%、食物繊維1.4%、ビタミン・ミネラルなどの残りが0.9%(食品成分データベース 文部科学省)。他の根菜類と比較してもかなり水分含量が多い野菜です。同じ根菜類のにんじんよりも、しらたきに近いような栄養成分分布になります。

大根の95%は水分ですが、裏を返せば残りのたった5%に存在する成分が、大根の機能に大きく関わっていると言えましょう。

大根をスーパーや八百屋で購入する際に、さほど気に留めなければ「おお!大根の香りだ!」と強く感じることは少ないのではないでしょうか? ところが購入して厨房に持ち帰り、包丁を入れた瞬間に「お待たせしました!大根です!!」と主張するかのように香りが立ってきます。

大根の香りはいくつかの揮発性成分に基づきますが、ツンとした香りの主成分はイソチオシアネートです。イソチオシアネートは刺激物質ですので、動物や昆虫など外敵からの忌避効果があります。イソチオシアネートは時間の経過とともに分解され、メタンチオールやジメチルスルフィドという物質に変化します。これらは硫黄臭であり、私たちが大根のたくあん臭として認識している香りです。硫黄臭は腐敗を示す臭いで、ガスなどの燃料漏れを知らせる警告臭に使われるほどです。

大根の丸々と太った茎、及び根は重要な栄養貯蔵部位であり、みすみす外敵に食べられてしまっては元も子もありません。そこで大根は、まず外敵が歯を入れた瞬間にイソチオシアネートの刺激臭で撃退を試み、さらにそれで撃退できない場合に備えて硫黄臭を発し、「ワタクシ、腐ってます!これ以上食べるとオナカ痛くなりますよ〜」とネガティブな信号を送って身を守っているものと考えられます。この大根の生存戦略は人間に対しても機能しています。実際、欧米出身の方の多くは、たくあんの香りを悪臭と認識するという研究報告があります。

ところが日本人はどうでしょうか? からみ餅や、そば・うどんなどの麺類、肉料理や魚料理の付け合わせ、天ぷらなど、様々な料理に薬味として大根おろしが用いられ、辛味大根の強烈な辛さを好む人さえいます。大根の漬物は心より愛され、匂うのにも関わらずあえて弁当に入れたり、さらにはたくあん臭を発するように調理する郷土料理も数多くあります。すなわち、大根の生存戦略は我々には全く通じていないのです。

イソチオシアネートはグルコシノレートという物質にミロシナーゼという酵素が作用すると生まれる物質です。グルコシノレートとミロシナーゼは大根の中では異なる細胞に分布していますので、普段は反応することはありません。大根をおろすなどして組織が破壊されると接触して辛味成分のイソチオシアネートが生成されます。

これはワサビやマスタードなど辛味を呈する薬味の仕組みと同じで、殺菌効果が期待できます。よく怒って大根をすりおろすと辛くなると言いますが、細胞を細かく破壊すればするほどイソチオシアネートが多く発生しますので、怒っていようが、笑っていようが、ヤスリのような細かいおろし器ですりおろすとより辛味物質が生成されることになります。

消化酵素ダイコンジアスターゼ

大根の成分の中で、認知度が高いのはダイコンジアスターゼではないでしょうか? 一般的にジアスターゼはデンプン消化酵素のアミラーゼを示します。大根にはたんぱく質分解酵素も脂質分解酵素も含まれていますが、そこまで強力ではないため、薬味として添えるのは、殺菌効果や食味の酸性・アルカリ性の中和効果が主と考えられています。

ダイコンジアスターゼは他にはない特徴を持っています。25℃に比べ、50〜70℃での活性は3〜4倍と高温での活性が高く、pH4.0〜7.0まで幅広く活性します。それほど強靭な酵素ゆえ、幅広い料理でその有効性を得られるのです。

イソチオシアネートとダイコンジアスターゼの
効果を活かした食べ方

イソチオシアネートとダイコンジアスターゼの両方の効果を存分に活かせる食べ方といえば、鬼おろしです。大根を鬼おろし器で皮付きのまま、おろします。たったこれだけのことなのですが、次のことが期待できます。

1 細胞を破壊することによるイソチオシアネート効果
皮に近い部分にグルコシノレートとミロシナーゼは多く分布します。皮付きのまますりおろすとより多くのイソチオシアネートが生成されることになります。

2 大根を粒で食べることによる咀嚼回数の増加とダイコンジアスターゼ効果
大根を咀嚼することによる、食事時間延長の効果が期待できます。特に糖質(デンプン)と一緒に摂取すると効果が得られやすいと考えます。

3 食物繊維量の増加による血糖値急上昇予防
食物繊維は血糖値の急上昇を予防する効果があります。大根の中でも食物繊維の多い皮も摂取することで効果が期待されます。

鬼おろしを使った食事例

温かい鬼おろしそば。

鬼おろしを温かい蕎麦つゆに入れて蕎麦をいただきます。ダイコンジアスターゼは50〜70℃での活性が高いことがわかっているため、温かい蕎麦つゆがベター。うどん、中華麺、パスタなどにも応用可能です。

鬼おろしを加えたいなり寿司

鬼おろしを加えたご飯を酢飯にします。ダイコンジアスターゼはpH4.0〜7.0まで幅広く活性します。「ご飯」と「水気を軽く絞った鬼おろし」を2対1で合わせ、そこに寿司酢の割合で味付けし、彩りに大根の葉と乾燥赤じそを加えたものをいなり寿司にしました。

日本人と大根。ともに奥ゆかしく、懐が深いところが似ていると思うのは私だけでしょうか? 大根をこよなく愛する日本人。素敵な国民だと自負しています。

藤田純子(ふじた じゅんこ)

熊本生まれ。熊本大学大学院教育学研究科を修了後、埼玉県上級職員(管理栄養士)として入庁、県立病院や保健所に勤務。退庁後、大学、保健相談所、病院等に勤務。2013年料理教室を開校。東京YMCA国際ホテル専門学校非常勤講師(栄養学、食品衛生)。企業の製品開発、メニュー開発、雑誌・メディア等のレシピ開発でも高い評価を得ている。著書に『トリプトファンダイエット』(講談社)など多数。http://www.junko-fujita.com



大根のモノガタリ(3) 

松本栄文(日本食文化会議会長)

全国的に流通量が多いのが「青首大根」です。土から出る上の部分がきれいな緑色をしています。ここは茎の一部が肥大したもので、ヒゲが点々と始まる所から下の白い部分が根になります。つまり大根の上下では肉質が異なるのです。

根っこの部分は繊維が多くて肉質が荒く、辛みが強い。上の青い部分は苦みや辛みが少ない。私は、大根おろしは辛みがあるほうが好きなので根の部分を使い、上の甘い部分は煮物にいたします。

また、大根を選ぶ際の目安として、ヒゲの点々がまっすぐと下に降りているものは肉質のきめが細かいのに対し、螺旋状に入っているのは繊維が荒くて辛みも強いと覚えておくとよいでしょう。

大根は収穫後も細胞が生きており、呼吸や蒸散により徐々に大根内部の成分が消耗していきます。何日も冷蔵庫で貯蔵しておくとスが入ってしまうのはこのため。大根はできるだけ早く美味しく料理したいものです。

「ぎふベジ」とは?

岐阜市近郊の5市3町(岐阜市・羽島市・山県市・瑞穂市・本巣市・岐南町・笠松町・北方町)で採れる、安全・安心にこだわり抜いた特産農産物の愛称です。
https://gifuvege.jp

ぎふベジ研究所にて、オンラインシンポジウムを開催しました

日本食文化会議ぎふベジ研究所では、枝豆、大根、柿、トマト、葱の各ラボを立ち上げ、メンバーたちが改めてそれぞれの野菜に向き合っています。この1月、2月にオンラインシンポジウムを開催。
大根ラボの様子は下記よりご覧いただけます。
https://www.youtube.com/channel/UC1VjMNG4-XiXGkEVqG57zmQ

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