ぎふベジ通信

柿のモノガタリ

松本栄文(日本食文化会議会長)

2021.12.7

秋深まると柿が真っ赤に色づき、甘柿には鳥が集まり、渋柿には鳥も寄り付かない。そんな日本の秋を象徴する果物・柿の魅力を探ります。

柿の種類は驚くほどたくさん!

秋深まると柿が真っ赤に色づき、甘柿には鳥が集まり、渋柿には鳥も寄り付かない。柿は、そんな日本の秋を象徴する果物です。

柿の実は「甘柿」と「渋柿」に大別され、登録されている国内品種だけでも1000種類以上。渋みの強弱、種の有無、果実の大小、形状が丸形・円平形・筆形などいろいろな柿が日本各地に在来しています。

柿
筆の先のような形をした柿もある。

柿に含まれる渋み成分「タンニン」は、とにかく渋い。この渋みは、カキノキが自己防衛のために作り出す成分です。子孫をつなぐ大切な実が完熟するまで病害虫から守り、果実がジュクジュクに柔らかくなるころ、最後の最後に渋が抜け、鳥や動物たちに食べてもらう。そうして成熟した種を各地へ広げるのです。自然の摂理は本当にすごいですね。

「桃栗三年、柿八年」というコトワザがあるように、種を植えてから実がなるまでの期間が長いのも柿の特徴といえるでしょう。木の成長速度が遅いぶん、「柿が赤くなれば医者は青くなる」といわれるほど栄養成分が凝縮しているのです。

「平核無(ひらたねなし)」に代表される甘柿は、タンニンが著しく少なく、甘みが強いのが特徴。一般的に早生で流通します。じつは渋柿の突然変異種で、神奈川県が発祥の地。1214年に現在の神奈川県川崎市麻生区にある王禅寺で偶然発見された在来種「禅寺丸」が、日本初の甘柿と位置づけられています。今や小田急線沿線の住宅地ですが、ここから甘柿の歴史が始まったのですね。

未熟時は渋柿なのに、熟するにつれて甘柿になるものを「完全甘柿」と呼びます。在来品種は数多く、代表的なものとしては岐阜県瑞穂市居倉発祥の「富有(ふゆう)」、静岡県森町五軒町発祥の「治郎」、鳥取県因幡地方発祥の「花御所」。いずれも肉質が緻密で、濃厚な甘さとコクがあるのが特徴です。

岐阜の「富有」は柿の魅力をギュッと凝縮

緻密で繊細、かつ繊維質をあまり感じない肉質。いつまでも余韻として残るコクと深み。そして昆布に負けず劣らずの旨みの濃さ。富有は100年先にも伝わる名品種だと私は思います。

富有
完熟の富有はそのままデザート!

富有の誕生は、やはり偶然の産物でした。文政3年(1820年)ごろ、瑞穂市居倉村の農家小倉ノブが鳥取在来の御所柿を家の近くに植樹し、その後、安政4年(1857年)に孫の小倉初衛によって本格的な柿栽培が始められたと伝わります。

当初は地名にちなみ、「居倉御所」と呼ばれていたそうです。明治17年(1884年)、小倉長蔵が育てる柿が風味も姿形も優れていたことから、数多くの苗木育成が始まります。そして、明治30年(1897年)に皇太子殿下(後の大正天皇)の岐阜県行啓のおりに自慢の柿が上され一躍有名になりました。

岐阜の富有柿
富有柿
11月に入ると岐阜では富有柿の選果に大忙し。丁寧に箱詰めして全国に届けられる。

翌年、「富有」と改名。富有とは、儒教経典の一つ『礼記』にある「富有四海之内」から取ったもの。徳があればその富は四海の内を有(たも)つという意味で、素質が備わっているものは自然に全国に広まるよう天の助けがある、と命名の理由が伝えられています。まさにその通り。100年経っても不動の名品種は、後の100年も不動であること間違いなし。そう願うものです。

ですが面白いことに、柿の嗜好も東西で分かれるようです。関東では果肉が柔らかくみずみずしい平核無柿やおけさ柿が好まれ、関西では果肉が緻密で濃厚な富有柿や治郎柿が好まれる傾向にあるのです。

いずれにしても、柿は皮をむいてそのまま味わうのが最も美味しいですね。創作料理がまずくなるは、柿本来の特徴を理解していないからでしょう。古くから柿を料理する際は、必ず「醤油洗い」をするものです。これは切った柿を少量の醤油で揉み洗いをすることで、醤油に含まれるアミノ酸と、柿に含まれるアミノ酸を相乗させ、より濃厚かつ厚みある旨みを引き立たせる下仕事です。醤油の塩分で旨みがさらに際立ちます。

柿の醤油洗い
柿の醤油洗い。この下仕事を忘れると柿料理はまずくなる。

料理というものは食材9割、技術1割。素晴らしい食材を前に、ごちゃごちゃと技術を加えて料理が美味しくなるというものではありません。大切なのは、食材の魅力と価値を引きだす目だと私は思います。今後の「柿ラボ」の展開を御楽しみ下さい。

松本栄文(まつもと さかふみ)

「花冠陽明庵」主人、作家、食品学者。「日本文化を愛でる会」を主宰し、食の専門家からなる「日本食文化会議」を発足するなど、日本の伝承・伝統文化の普及に努める。料理本のアカデミー賞と称される「グルマン世界料理本大賞」において、著書『日本料理と天皇』が殿堂受賞、及び『SUKIYAKI』『1+1の和の料理』『お椀ひとつで一汁一菜 雑煮365日』がグランプリを受賞。
http://matsumoto-sakafumi.jp/hanakanmuri/

「ぎふベジ」とは?

岐阜市近郊の5市3町(岐阜市・羽島市・山県市・瑞穂市・本巣市・岐南町・笠松町・北方町)で採れる、安全・安心にこだわり抜いた特産農産物の愛称です。
https://gifuvege.jp

撮影・板野賢治

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