全国で出会った、酒が恋しくなる肴たち (北海道・東北編)
マッキー牧元(タベアルキスト)
2021.12.3
私には自慢がある。それは日本全国で酔いつぶれてきたことである。それがどうした。それが自慢かという怒号が飛んできそうだが、ただ無闇に酔いつぶれてきたわけではない。必ずそこには、良き酒と良き肴の出会いがあった。良き酒と良き肴に惚れたからこその酔いつぶれである。だから至極真っ当な酔いつぶれだといえよう。それでは、私を酔いつぶれさせた、素敵な肴たちを、北の地から紹介したい。
北海道で、海の恵みと燗酒と
札幌からは、鮨屋「鮨の蔵」で食べたタチ(白子)である(トップ画面の写真)。
一見ただの白子のように見えたが、口にすると違った。薄皮を、一切感じさせず、噛んだ瞬間にとろんと舌にしなだれるのである。茹でたのに焼いたような香りが漂って、それが流れ出た濃密な肢体と合わさって、色気を高める。聞けば、低温60度で30分、余熱で30分加熱したという。この変態職人大好きだなあと思いながら、溶けていく白子にそっとぬる燗を流し込んだ。
札幌の酒亭「こなから」は、五十種近く肴があって、いつも悩みに悩む。その中でお気にいりは、「目抜けの味噌汁」である。胃袋をつかむ、こっくりとしたうまみが溶け込んだ味噌汁を一口すすっては、燗酒をやる。濃い味の液体と淡い味の液体がまぐわって、もうたまりません。
函館の天ぷら屋「田ざわ」では、危険な肴をいただいた。「生くちこ」の天ぷらである。口にすれば、ホヤのような妖しい香りが漂い、崩れれば、最初は静かに、後から次第に饒舌になったうまみが溢れていく。この上もなく危ない、官能を直に撫でる味である。大至急燗酒を口に運ぶ。するとその危うさに色香を灯し、いやがうえにも惚れてしまうのだった。
同じ函館の料理屋「季肴酒」では、飲めるおにぎりに出会った。11月頃から寒い日が続いた年だけ、よく年の初めに収穫されて干されるという、松前産の天然岩のりを巻き付けたおにぎりである。頬張れば、潮の潮たる塩味が、舌を優しく打つ。噛んでいくと、うまみが次から次へと湧き出でては、かぶさっていく。
噛む。噛みしめる喜びに、歯が打ち震えている。こりゃあ、酒だ酒だと燗酒を飲めば、酒の甘みと米の甘みに海苔の甘みが混じり合い、極上の笑顔を呼ぶのだった。
東北で郷土の味に酔いしれる
青森県では、「北三陸ファクトリー」のウニ牧場の蒸しウニが危険である。四年かけて育て上げ、弱火から強火へと、ゆっくり蒸し上げたウニだという。
ちょいと舐めただけで、濃縮したウニの甘みが広がるが、すぐに蟹味噌のような味が流れてくる。そう、ウニの甘みと蟹味噌に似たコクが抱き合って、舌を舐め回すのだからたまらない。即座に酒が恋しくなる。これも燗酒である。燗と出会わせれば、ウニは喜ぶかのように、舌の上でくるりと回って、喉に落ちていった。
青森県むつ市の酒亭「武田屋」では、数種の「かやき」をいただいた。かやきとは貝焼きのことで、帆立の貝殻に具材を入れて煮る郷土料理である。
ホタテの卵とじかやき、塩辛かやき、ニシンの切り込みかやき、焼きガレイのかやき、タコのぶらぶらのかやきと、それぞれに魅力があったが、最も酒を呼んだのは、「塩辛」だった。塩辛自体の味が綺麗で雑味なく、発酵しかかった浅さがまたよく、大根おろしに味が染み渡ると、エレガントになる。すぐさま酒しかないぞと、ぬる燗をやる。地元の北勇と合わせながら、「こりゃあこのかやきと酒で一晩中行けるぞ」とほくそ笑むのであった。
弘前の酒場「土紋」では、「ニシンの切り込み」で 豊盃をしたたかに飲んだ。「ニシンの切り込み」とは、魚醤作りをニシンで応用した郷土料理で、ニシンと塩と米麹で発酵させたものである。この熟れた酸味が酒を呼ぶ。酸味に酒のうまみを合わせれば、体が溶けていくような感覚があって、弘前の夜を深くするのであった。
そして弘前では、朝一番に長内さんの畑に行き、毛豆を収穫し、その場で茹でた。熱々を頬張れば、ほっくりとして甘く、栗のような甘い香りと、豆らしい青い香りが広がって、思わず顔が崩れる。すかさず事前に用意しておいた缶ビールをやる。ああ、誰か豆を運ぶ手とビールを煽る手を、止めてください。
岩手の遠野にある宿「とおのや要」では、米麹で作った豆腐が至高の肴となった。普通の豆腐より、なにかこう練れたうまみがある。大地の甘みと言ってもいい。この大地の甘みには、自家製どぶろくを3年熟成させた「水もと」と合わせたのだが、柔らかな酸味同士が口の中で溶け合い、天国に登ったのである。
秋田では、「クジラの貝焼き」を名酒亭「酒盃」で、いただいた。鯨とナスを貝の上で煮た料理である。
鯨の脂をまとったナスが甘い。ナスと油は相性がいいというけど、鯨の脂特有のかすかな獣臭と出会うと、なにやらナスに、勇壮さが加わる。そんなナスをつまみながら、燗酒をやる。ぬっくりとぬっくりと体が温められる秋田の夜に、ゆっくりと沈んでいった。
宮城では、日本一の焼き魚で酒をやった。気仙沼「福よし」は、きんきならきんき、かれいならかれいと、理想の串を手で削り、炉端で焼く店である。炉端に座り、にこやかに焼く。皮はバリリと香ばしく、身はしなやかで、食べた瞬間に笑顔沸く。
そしてなにより絶妙な炭火加減で焼かれているため、最もうまい皮下の皮と身の間の部分が生かされている。そこを噛み、にゅるりと流れ出たうまみを舌の上で転がしながら、酒をゆっくり流し込む。昇天。
マッキー牧元(牧元裕之)(マッキーまきもと)
1955年東京出身。立教大学卒。(株)味の手帖 取締役編集顧問。タベアルキスト。食ジャーナリスト。年間外食数600食。日本全国・世界中を日々飲み食べ歩き、雑誌、Web、ラジオ、テレビなどでリポートする。著書に『出世酒場 ビジネスの極意は酒場で盗め』(集英社)、共著に『東京最高のレストラン』(ぴあ)など多数。
https://mackeymakimoto.jp
今宵は、このお酒で。
東北の正統派、スタイリッシュに懐ひろく
特別純米酒 生一本 浦霞/純米吟醸 浦霞禅宮城県塩釜市の「浦霞(うらかすみ)」は享保9年(1724年)、8代将軍徳川吉宗の時代に創業。奥州一ノ宮であり、1000年以上の歴史を持つ鹽竈(しおがま)神社の御神酒を醸している。
国内最大の杜氏集団、南部杜氏協会の会長を勤めた平野佐五郎氏と、その甥で佐五郎をも凌ぐ名杜氏と言われた平野重一氏が腕をふるった東北を代表する銘醸蔵。現在の当主は13代目で、佐浦弘一氏。日本酒造組合中央会の副会長を務め、地域や業界に長年尽力している。
数々の人気銘柄を有すなかで、1973年発売の「浦霞禅」は全国的に知られるロングセラー商品。ほどよい香りが立ち、フレッシュでふくらみのある純米吟醸酒だ。「特別純米酒 生一本 浦霞」は、宮城県産ササニシキを100%使用。ふくよかな米の旨みとほどよい酸味のハーモニー。港町の酒らしく、魚介、とくに牡蠣との相性は最高だ。
お問合せ
株式会社佐浦HPhttps://www.urakasumi.comTEL022-362-4165
文・平出淑恵(酒サムライコーディネーター)
http://coopsachi.jp/
撮影・板野賢治
撮影・マッキー牧元